仕江府 五七六 / 和ハーブダイニング&バー sarAsa (さらさ) 軽やかで優しい味わいを、楽しむフランス料理を。

ピックアップシェフ

仕江府 五七六 / 和ハーブダイニング&バー sarAsa (さらさ) 軽やかで優しい味わいを、楽しむフランス料理を。

生産者の食材への愛や努力を、一皿一皿に反映させる料理を。

フランスで修業するより、ロブションで働く喜びのほうが大きかった。

26歳で『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』のスーシェフになって以来、現在の店『gentil H (ジョンティアッシュ)』で料理長になるまで、7年近くスーシェフという立場で働いてきました。期間も長かったし、須賀雄介さん、飯塚隆太さんという素晴らしいシェフのもとで一緒に働けたのは、素晴らしい経験でした。シェフが変わればやり方も変わるし、スタッフも変わります。その人材をどう組み合わせて、うまく店回していくかは、スーシェフのマネージメント力だと思いますし、大きな店ほど、その仕事は重要なものになります。苦労も多かったけど、振り返ってみれば、いまの仕事に大きなプラスになっていることばかりです。
僕はフランスでの修業経験はありません。行きたいと思っていた時期もあったのですが、それより『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』で、ロブション氏の料理に関われる喜びの方が強かったので、東京で働くことを選びました。食材もフランスと同じものが手に入るし、フランス人スタッフも働いていたので、東京の料理を作っている感覚はほとんどなかったんです。ときには海外のロブション氏の店に出す料理を、世界に先駆けて東京で最初に作る機会も多くあり、それも楽しかったですね。
一旦、ロブションを離れ、一年半ほど元麻布のレストラン『ボン・ピナール』で働きました。『ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション』の初代シェフソムリエを務めた方の店です。違うことを勉強したくて、ロブションを離れたのですが、ここでは前菜とデザートだけを担当し、また新しく、面白い経験ができましたね。いろんなチャレンジをすればするほど自分の引き出しになる、そんなことを実感しました。その経験を糧に、再びロブションに戻りました。

フランスで修業するより、ロブションで働く喜びのほうが大きかった。

ロブションの後ろ盾が無くなったら、自分の料理はどう評価をされるのか。

30歳を前にしたころ、そろそろひとり立ちしたい気持ちが高まりました。実際、料理長で来て欲しいというありがたいお誘いもありましたし、オーナーシェフになることも考えていました。しかし当時の上司、飯塚シェフに相談すると、「まだ早い」と止められたんですよね(笑)。「そんなに自分の未来を早々と決めない方がいい。あわてて独立しても対処できなくなるぞ」と真剣に説得され、もう少しスーシェフとて頑張ろうと気持ちを切り替えました。いま思えば、失敗していたかもしれないし、やらないで良かったと思っています。
ロブションでのスーシェフ歴も7年近くになった33歳のとき、そろそろ独立したい、と再度思い始めました。既にその頃は自分でも料理を考えていましたが、ロブションにいる限り、僕の料理ではありません。ロブションという後ろ盾が無くなったら、自分の料理はどういう評価をされるのか、それをいちばん知りたかったんですよね。ちょうどそんなとき『gentil H』から、料理長のお話をいただき、いよいよシェフとしての日々が始まりました。心配はありました。でも一方で、おいしいものを作れば、お客さんは必ず来てくれる、という自信もありました。
2012年8月にオープンした『gentil H』は今年で3周年を迎えました。元はカジュアルなビストロ風の店をコンセプトチェンジし、コース主体のフレンチレストランに。スタート当初は、白金という場所をよく知らなかったというか、六本木のやり方をそのまま持ってきたので、なかなか受け入れられなかったんです。料理の量にしても「多い」と言われましたからね。それからは味つけ、盛り付けなど全てに、白金という土地柄や客層を意識していきました。

ロブションの後ろ盾が無くなったら、自分の料理はどう評価をされるのか。

生産者の苦労を目の当たりにすると、食材に対する愛着も変わる。

オープンして半年間は苦労しました。とはいえ、お客様が少ないのは、店が知られていないからだ、と思っていたので、やり方は全く変えませんでした。毎日毎日、ひとつひとつの料理をていねいに作り続けることを繰り返すだけ。いまはダメでも、そのうち絶対にリピートしてもらえる、と信じて働いていました。やっぱり新しい店が認知されるには、1年ぐらいはかかりますね。嬉しいことにオープンの翌年、ミシュランの星をいただいたことにも後押しされ、『gentil H』の名前は広く知られるようになりました。
僕が店のテーマとしているのは、いい食材を使い、それをお客様にどう表現するか、ということに尽きます。そのためには、仕入れ先の生産者さんが食材をどういう風に育てているのか、またはどうやって採っているのか、そこまで一皿一皿に反映したいと思っています。そのためには生産者さんに直接会って話したり、現場の空気を直接吸わないと正直分かりません。厨房の中だけにいると、どうしても視野が狭くなりますからね。できるだけ日本中の産地に行くようにしています。ロブションのスーシェフ時代から、仕入れ担当として産地とのネットワークを大事にしてきたので、いまもたくさんのいいお付き合いが続いています。産地に行って、生産者さんの気持ちだとか、苦労を目の当たりにして自分の中にインプットすると、食材に対する愛着も変わってきますからね。とれたての味や香り、そこでしか味わえない新鮮さ。そこにどれだけ近づけるか、という思いで、毎日料理をしています。店は4年目に入りましたが、今の僕の料理をもっと進化させることしか考えてないですね。やり方は変わらないけど、もっともっと感性を研ぎ澄ませて仕事をしたいと思っています。
若いとき、将来は居酒屋をやりたい、と考えていました。居酒屋のためにフランス料理を勉強する、って考えていたんですよね(笑)。わいわいできる場所、人の笑顔が溢れる場所が大好きなので、将来、もしかしたら、焼き鳥を焼いているかもしれません(笑)。   (終)

生産者の苦労を目の当たりにすると、食材に対する愛着も変わる。

フランス料理の基本を学んだラタトゥイユと真鯵のパネ ソースピストー。

こう見えて、僕は野菜が大好きなんですよ。だいたいいつも「肉がお好きでしょ」と言われてしまうんですが(笑)。野菜料理も何を食べたか分からないものは好きじゃなくて、ちゃんとそれぞれの野菜にスポットライトを当ててあげて料理したいんですよね。ポピュラーな野菜料理の『ラタトゥイユ』は、最初に修業に入った店『修廣樹』で、春成シェフから教わり、そのおいしさに驚いた思い出の料理です。
ブイヨンやベーコンなどを一切使わず、こんなにおいしくなるんだ!って、非常に感激したんですよね。野菜ひとつひとつを丁寧に下ごしらえして、野菜の力を引きだし、それぞれのうまみが重なって、どれだけおいしく作れるか、という仕事。それはフランス料理の基本です。19歳の僕が最初に学んだ、フランス料理の大事な部分でもあるんです。作り方はほぼ当時教わったままですが、野菜の均等な切り方は、ロブション式になっているかな(笑)。今回は鯵と組み合わせてメイン料理風に仕上げましたが、ひんやり冷やしたラタトゥイユだけでも、十分おいしく召し上がれます。