名店のまかないレシピ
東京・目白の江戸川橋駅からほど近く、都会の喧騒を落ち着かせるように流れる神田川にかかる橋のたもとに佇む、うなぎの名店「はし本」。1835年(天保6年)この場所に暖簾を掲げ、現在6代目店主の橋本信二さんは、長年継ぎ足されてきた秘伝のタレに合ううなぎを求めて、一心に江戸うなぎの伝統の味を守り続けます。ミシュランガイド東京2017も継続して星を獲得した確かな味を生み出す流儀は、毎日のまかないにも表れていました。
理想の味のイメージは明確にある
物心ついた頃から漠然と家業を継ごうかとは考えていましたが、私が大学生の頃に5代目だった父親が急逝して、突然、この道に飛び込むことになりました。
一子相伝のタレは残されましたが、技術については何も教わっておらず、ただ自力で勉強をするしかありませんでした。同業の方に聞くわけにはいかないので、うなぎの問屋さんにうなぎの選び方を教わったり、包丁の研ぎ屋さんに研ぎ方を習いに行ったり、回り道をしながらの修業でした。何の不自由もなくうなぎを扱えるようになるまでに10年以上かかりましたね。
ただ、目指したい「理想のうなぎの味」というイメージは最初から明確に持っていました。うちのタレは甘辛さが前に来るタイプではなく、あっさりとした淡麗辛口。うなぎそのものの味と香りを引き立てるタレなんです。だから、一番気を遣うのがうなぎの仕入れ。あえて産地を一つに絞らず、白身魚ならではの風味が濃い「うちのタレに合ううなぎ」を求めてきました。
あれこれと試した結果、行きついたのが1年以上成長した「ひね子」と呼ばれる大きなうなぎ。5年程前、うなぎの漁獲量が減ったことを機に思い切って仕入れを変えたのがきっかけでした。通常の倍ほどの大きさがあり、よく動き、よく餌を食べる分、しっかりとした旨味が味わえるうなぎです。お重に盛った時の見てくれは決してよくなく、小骨をとる手間も出ます。キロ当たりの肝をとれる数も少ない。それでも味が第一と、このスタイルに切り替えたことは間違いなかったと思います。
つい焼き過ぎてもまかないならご愛嬌
うなぎの質には徹底的にこだわりたいので、いつもと仕入れが違う時には必ず自分で食べて味を試すようにしています。まかないでうなぎを食べるのはそういう時くらいですね。
ただ、そうやって私がチェックしているのを問屋さんもよく知っているから、ちゃんといいうなぎが入ってくるんです。いいうなぎを求めるのに、終わりはないと感じます。
ということで、うちの店ではまかないとしてうなぎが出ることは滅多にありませんが、やはり焼き場を活かしてササッと作れる献立が多いですね。
焼き魚は定番ですし、今日は煮びたしにした厚揚げは、煮る前に炭であぶるとおいしいんです。うなぎを焼いている端のほうでキノコ類やネギをホイル焼きにして皆で取り分けながら食べることもありますよ。店が忙しいと、つい焼き過ぎることもありますが、まかないだったら許される失敗とご愛嬌。焼き物というのは、ただ置いておけばいいというのではなく、微妙な火の調整が絶えず必要ですから、炭の火加減に慣れる訓練にもなっていると思います。
毎日近い距離で働いていても店の者同士で話せる機会というのはなかなかありませんから、昼休みのまかないの時間は貴重なリフレッシュタイムになっていますね。座敷で食事を囲み、おしゃべり好きな人が気持ちよく話すのを皆で聞きながら食事をとる。そんないつもの風景を見ることが、私自身にとっても大切なリセットになっています。